今の世相に一言
 終戦後の焦土と化した大阪の地に、なす術もなく茫然とたたずみ、あたりを見渡せば未だ処理しきれない焼死体の匂いと焼けた家財のすえた匂いが衣服に染みつく。

 われわれは日本を鬼畜米英から護るために、死をかけて戦い、最後には非戦闘員までもが面白半分に虐殺され、その累々たる死体は野晒しで放置されているが、その悲惨さは今の戦争を知らない世代に語りつがなければならないと思う。
何故なら、現代のようにバラバラで同じ日本人同士ありながらが、愛のかけらも、ひとにぎりの情もない子孫に残すために命を賭けてきたのだろうか。

 今もし他国が我が国に攻め入った場合、命がけで何人の人が戦うのだろうか。
それより日本とアメリカで交わした日米安保条約とは ? 何を意味するのか?
分かり易くいうならこうだ。自分の家を守るのを他人に頼むということだが、それで貴方は納得し安心できますか?
その当事国アメリカが他国と戦火を交え、それどころではない場合でもアメリカは自国より日本を優先するだろうか。

 敗戦後、大阪に占領軍を受け入れた私
 当時、私は軍属として大阪の中部第22部隊に所属し、そこで進駐軍を受け入れました。
 当時の22部隊では大半の兵舎が終戦前々日に徹底的に破壊され、兵はゴボウ剣すらなくて、投下された油脂焼夷弾の鉄板をゴボウ剣のように加工して、それを腰のベルトに挟んでいた。
当然軍隊はいましたが、兵達は武装解除して上の宮高校に移動させて争いを避けた。
 中部第22部隊で進駐軍を受け入れたのは、少数の下士官と兵だが、部隊長がいない。しかし、よくよく見るとそばにいる一人の老人が部隊長だった。たくわえていたカイゼルひげを剃っていたので気付かなかった。

 進駐軍は西向の正門をさけて南門から進駐したが、彼らの乗ってくるトラックは全部新品で、ギヤ鳴りの音をキューンとさせながら、荷台には完全武装をした米軍が自動小銃の安全弁をはずし、いつでも発射できる状態で続々と営庭に入り狙撃されないために旋回していた。
やがて、その旋回を停止させると日本人二世らしいアメリカ兵が近づき、「兵隊さんはいませんか?」と我々に念をおす。

 彼らはその後、残された兵舎にはいったが、喜べ!その時米軍に一斉に襲いかかったものがいた。
それは日本軍が去った後、血に飢えたノミやシラミや南京虫たちで、彼らが一斉に米軍に飛びかかり彼らに悲鳴をあげさせ、以後彼らは営庭にキャンプをはって兵舎には入ろうとしなかった。

 焼け跡から立ち上がり不死鳥のように日本を復興させたのは、あなた達若者の祖父母達である事を忘れないでほしい。   
あの完全に焦土と化した祖国に起立した私。事の善し悪しに関わらず、私達の代であの美しかった祖国を焦土と化し、人々の未来に希望も持てなくした罪は、我々の世代に架せられた十字架であり責任である。

 とりあえずバラックを建てながら街を整理することから始まり、それによって人が集まり社会を構築させながら、大和魂を燃やして愛する祖国日本復興に命がけの忠義を尽くした。
 一定の基礎が固まったところで、年功序列と終身雇用を表題にした日本式株式会社を樹立して社員の絶対的な愛社精神を涵養し、労使一丸となって日本経済を世界第二まで発展させたのだ。
そして、その根幹を成すものは、会社は社員をわが子のように愛することから親孝行な子のような社員が育つ、というシステムなのだ。

 しかし、今の日本にはそんな美風はかけらもなくアメリカ経済の、雇用者には血も涙もない覇権主義に日本も汚染され、昔の美風のかけらもない。
その儲け第一主義の企業は、安価な労力で事足りる中国に技術を教え、結果として中国の覇権主義に協力して、日本は衰微の道をたどらざるを得なくした。
だから日本は、未来においては高度な日本の技術を他国に拡散せず、むしろ温存させて、世界最高の科学立国として不動の位置を維持するように、政治家も経済界も擁護に最善をつくしてほしい。

 ここで声を高くして叫びたいのは、あなた達若者の祖父達が、心血を注いで築きあげた社会のシステムを破壊し滅びの道を歩むのも、祖父達の遺産として、日本独自の構想でより健全になるように構築するのも、あなた達若者次第だということだ。
あなた達若者は、人生も仕事も遊び気分で気楽にやろうとする傾向があるが、努力という字を是非みてほしい、そして考えてほしい。

 あてこすりといわれればそれまでだが。努力とは女の又に力と書いて、正に女性の出産を意味する。
 妊婦が出産のための設術台に乗せられて出産を待つが、陣痛の間隔がせばまり、胎児は破水というパブテスマ(洗礼)に導かれて子宮から産道に出る。
妊婦は激痛と最高の疲れで気が遠くなりそうだが、ここで気を抜けば胎児の頭が変形しないか、胎児の首を絞めて窒息死させないかと、細心の注意と最大の力を発揮し、それこそ命がけで子を産む。

 若者たちよ。あなた達も人生や運命のどこかでチャンスに恵まれたとき、女性の出産の時のような、細心の注意と最大の力を発揮して、それこそ我が命をかけて挑戦してみないか。

 そして、それをやり遂げた者のみが、「成せばなる何事も、成らぬは人の成さぬなりけり」と自信にみちて拳を振り上げるだろう。そこまでがんばりぬいたものに強い愛着心をいだき、状態維持に全力を注ぐだろう。

 われわれの時代の人間は国際感覚で物事を判断する
 現代の若者達の心の視野は狭く自己中心的である。だから他人が暴力を受けていても巻き込まれるのがイヤで、知らぬ顔で通り過ぎ助けようともしない。
たまたま助けようとして逆に相手に袋叩きにされても、人は見て見ぬふりをして通り抜け、心の中では、「馬鹿な奴だと」軽蔑する。
だからそんな世は、し放題やり放題で正直者が馬鹿をみて、善人よりも悪人が栄えて、この世に地獄を現出する。

 そんな人々でも今、世界野球選手権で日本が二連勝したとき、日本人皆が喝采し、互いに手を取り合って感激しなかったか?
オリンピックで日本人が金や銀、銅のメダルを獲得し、国歌君が代が流れれば、日本の誇りに感動しないだろうか?  このように、いみじくも今の若者でも時と場合で国際感覚をとり戻せるが、われわれ大正時代の男子は、常に心を国家や父母や同胞(日本人は皆家族)といった忠君愛国が精神の要で生きてきた。
 だからこそ、我が祖国が他国とどう接してきたか。どんな迫害を受けてきたか。我が国に好意をもって接してくれる国々。要求と圧力を加える国々、とを国際感覚でとらえることができて、今、84年生きて来た日本そのものの生きた歴史をあなた達に語り継ぐことができるのだ。

 


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